ちょっと認知症が進んで来ると、じいさんは家を抜け出すことが多くなった。家人の目を盗んでこっそり出かけるから始末が悪い。まあ私はクラブに行ってるし、父母は仕事、弟は遊び歩いて、家にはばあさんしかいない。そのばあさんもじいさんのことを気にかけない。じいさんにしてみればこっそりと出かけるチャンスは多い。
認知症の事情を知っている近所の人が、じいさんを見つけるたびに、
「おじいさん。散歩に行くんですか?」
と声を掛けてくれる。ばあさんよりよっぽど頼りになる。
親切に連れて帰ってくれる人もいたし、連絡をくれた人もいた。
大抵はそんなこんなで家に帰ってしまう。
しかし、近所の人の目がいつもあるとは限らない。そんなときはそのまま、車の通る道まで出てしまう。車の通る道と言っても、実際にはめったに車が来るわけではない。なにしろ田舎なのである。もっとも、最近は田畑が住宅地化したので、少しは車が増えたようではある。
ばあさんは、
「じいさんがいなくなったから探してこい」
い言う。私が家にいるときは自転車で探しに行く。じいさんはとぼとぼと歩くが、意外と遠いところまで行っていることがある。
じいさんは運のいいことに車に轢かれることもなかった。
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